~二つの仏教・浄土仏教と聖道仏教の違い~
浄土真宗の開祖 親鸞聖人
浄土真宗の開祖は親鸞聖人です。
親鸞聖人は今から約800年前、京都に
お生まれになりました。
ところが、4歳の時、お父様を、
8歳の時、お母様を亡くされました。
今度、死んでいくのは自分の番だ、
死ねばどうなるのだろう?
後生不安な心に苦しまれた親鸞聖人は、
9歳で仏門に入られ、後生暗い心の解決の道を
求められました。
そのときに詠んだという歌が伝えられています。
「明日ありと
思う心の あだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」
今日を盛りと咲く花も、いちじんの嵐ですべて
散ってしまいます。
人の命は、桜の花よりはかないものと聞いて
おります。
どうか、明日といわず、今日、得度していただけない
でしょうか?
こうして親鸞聖人は、仏門に入られたのですが、
最初は比叡山で天台宗の教えを学ばれたのです。
このような話は、親鸞会という伝統的な親鸞聖人の
教えを伝える集まりで教えてもらえます。
なぜ苦しいことばかりなの? 浄土真宗ではこう教えています
皆さん、毎日、幸せですか?
以前、「最高ですかー!」と叫んで回っていた団体がありましたが、心からの幸せって、なかなか味わえないものではないでしょうか。
日々、さまざまな苦しみの波に翻弄されている私たち。では、どうして幸せを叫ぶよりも苦しみの愚痴をこぼすことが多くなってしまうのでしょうか。
苦悩の根元(苦しみ悩みの根本原因)は、何でしょうか。
お金がないから、病気がちだから、人間関係がうまくいかないから……。
たしかにこれらも苦しみの一因ではありますが、ではこれらが解決したら大満足の人生を謳歌できるか……と考えれば、そうとも言えませんよね。
お金があるがために苦しむことのあるのは、毎日のニュースを見ていれば分かることです。
では、苦しみの元凶は何か?
自己と向き合い、厳しく見つめている人ならば、自分を悩ますものは、欲望や腹立ち、ねたみそねみの「煩悩」だと思っているのではないでしょうか。文字どおり「煩わせ悩ませるもの」と書いて、「煩悩」というからです。
聖道仏教では、この煩悩を抑え、断ち切ることこそ、さとりへの道であると教えています。
ところが浄土真宗の祖師・親鸞聖人は、人生を苦に染める元凶は、
「決するに、疑情をもって所止となす」(教行信証)
「疑情ひとつ」と決断されています。「決するに」「所止となす」の断言には迷いがありません。
「苦悩の根元は、これひとつ」と断定される「疑情」とは、死後どうなるか分からない「無明の闇」のことです。
苦悩の根元を「無明の闇」といわれて、「なるほど」とうなずく人は、いないといってもいいでしょう。
「えっ!? それ、なに!?」と驚く人、「聞いたことも、読んだこともないよ」と、みんなソッポを向くにちがいありません。
では、苦しみの根元と断定される「無明の闇」とは、どんなものなのでしょうか。
浄土真宗では、苦悩の根元とその解決を教えられています。
浄土宗と浄土真宗
仏教は釈尊(お釈迦さま・ブッダ)が説かれたものですが、同じ仏教と
いいましてもいろいろ宗派があります。
前回、特に浄土真宗と浄土宗の違いについて書いていました。
今回はそのつづきです。
浄土宗の開祖、法然上人
浄土真宗の開祖、親鸞聖人
親鸞聖人の先生が法然上人です。
ですから親鸞聖人と法然上人とは同じことを教えていかれました。
では、なぜ浄土真宗と浄土宗と分かれているのでしょう。
まず法然上人には、380余人というたくさんのお弟子がおられました。
そして法然上人がなくなられたあと、同じ浄土宗でも派が分かれたのです。
善恵房証空・・・・西山派
聖光房弁長・・・・鎮西派
覚明房長西・・・・九品寺派
隆寛律師・・・・・長楽寺派
ところが、実はこの流れは正しく法然上人の教えを引き継がなかったのです。
このことを御文章二帖目十五通(九品長楽寺)には次のように書かれています。
そもそも、日本において浄土宗の家家をたてて西山(せいざん)・鎮西(ちんぜい)・
九品(くほん)・長楽寺とて、そのほかあまたにわかれたり。
これすなはち法然聖人のすすめたまふところの義は一途なりといへども、
あるいは聖道門(しょうどうもん)にてありし人人の、聖人(源空)へまゐりて
浄土の法門を聴聞したまふに、うつくしくその理耳にとどまらざるによりて、
わが本宗のこころをいまだすてやらずして、かへりてそれを浄土宗にひきいれんと
せしによりて、その不同これあり。
※ちなみに親鸞会発行の御文章は、文字がおおきく、カタカナでなくひらがなで
書かれてるので、とても読みやすいですよ。
5帖80通全部のっていますしね。
このように、法然上人からいつも聞かせて頂いておりながら、
うつくしく(いわゆる正しく)耳にとどまらなかった、
ということなんですね。
唯一正当に法然上人の流れを汲まれたのが親鸞聖人だったわけですね。
ですから、親鸞聖人も浄土真宗を開かれたのは法然上人だというお気持ち
だったのです。
そのことは親鸞聖人のかかれた正信偈の中にも
法然上人は「真宗の教証を片州に興された」と書かれてあります。
片州とは日本のことですが、法然上人はこの日本に浄土真宗の教えを起こされた、
といわれているのです。
しかし、親鸞聖人があまりにも偉大な方であるため、今日では皆、浄土真宗の開祖は
親鸞聖人といわれているのです。
浄土宗の各宗派では、法然上人が開祖とはいっていますが、
法然上人の教えとは違うものになってしまったのですね。
そこで、現在、浄土宗と浄土真宗は違う宗派になったというわけです。
ちょっとややこしかったかもしれませんが、お分かりになっていただけた
でしょうか?
もちろん諸説ありますが、今回はその一つを紹介させて頂きました。
天台宗の千日回峰行
浄土真宗をはじめとした、浄土仏教と、天台宗、真言宗、禅宗などの聖道仏教の違いについて書いています。
同じ仏教でも、浄土仏教と聖道仏教では大きく違う点があるのですよ。
浄土仏教では修行というものはありません。もちろん、日常生活のうえでの「善」は大切ですが、修行によって煩悩をなくそうとする教えてではないのです。
聖道仏教は修行して煩悩をなくそうとする教えです。
有名なものに比叡山の、千日回峰行といわれるものがあります。
ちなみに浄土真宗の親鸞聖人も最初は比叡山で修行をされていました。
では、千日回峰行とはいかなるものでしょうか?
比叡山の天台宗は『法華経』の教えを如実に修行せんとする宗派ですが、聖道自力難行の名にふさわしく、今でも千日回峰行なる荒行があります。まず十二年間は、結界の中で修行し、山から下りない厳しい不文律があります。
真夜中の零時前に起床して、山上山下の行者道を三十キロ(七里半)歩くのです。この間、堂塔伽藍や山王七社、霊石、霊水など約三百カ所で所定の修行をします。むろん、雨風雪、病気になってもやめることはできません。もし途中で挫折した時は、持参の短刀で自害するのが山の掟になっています。
初めの三年間は毎年百日、次の二年間は毎年二百日、その翌年は百日、最後は二百日間、休まず修行しなければならず、とりわけ大変なのが、最後の年に百日続ける「大回り」です。山を下りて京都の修学院から一乗寺、平安神宮、祇園と一日八十四キロ(二十一里)を十七、八時間で回る生死関頭の苦行です。幕末から今日までやり遂げた者は十数人という、文字どおり命懸けの修行です。
しかもなお、仏覚には程遠い初歩の段階なのです。
浄土真宗の開祖・親鸞聖人は、九歳から二十九歳まで二十年間、その千日回峰行よりも、さらに厳しい「大曼の難行」に、全身全霊打ち込まれましたが、魂の解決は、なりませんでした。
「この一大事、どこかに導きくださる大徳はないのか、高僧ましまさぬか」と、思い出深き比叡をあとに、泣き泣き下山された聖人が、間もなく、
「どんな極悪人も
必ず助ける
絶対の幸福に」
と誓われた「弥陀の本願」を説かれる、法然上人に巡り会われたのです。その「弥陀の本願」によって救い摂られた聖人が、
「極悪の親鸞が、弥陀の本願のお目当てだった」
と叫ばれたお言葉が、
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なりけり、されば若干
の業をもちける身にてありけるを、助けんと思し召したちける本願のかたじけなさよ」
若干の業(そくばくのごう)・・・量りしれない悪業
なのです。
このように浄土真宗では、恐ろしい悪業をもったものが全ての人間と知らされ、その悪一杯の人間が煩悩をもったままで救われる教えなのです。
浄土真宗について
仏教にもいろいろな宗派があるけれど、どう違うのだろう?
このような素朴な疑問をお持ちになられたことはありませんでしょうか。
うちは、浄土真宗だけど
私のところは代々、天台宗だけど
結局、他の宗派との違いが分からず、子供に聞かれて恥ずかしい
思いをされたことがある、そんな方もあるかもしれません。
私もそうでした。
そこで、このブログでは、宗派の違いについて学んだことを書いて
いきたいと思います。
ちなみに私は浄土真宗なので、特に浄土真宗について詳しく紹介したいと
思います。
そうすることによって、他の宗派との違いもよりわかっていただけると
思います。
では早速はじめたいと思います!!
仏教を大きく分けると
・浄土仏教(他力仏教)・・・浄土真宗、浄土宗
・聖道仏教(自力仏教)・・・天台宗、真言宗、禅宗など
の二つになります。
さて、どう違うのでしょう?
聖道仏教とは、一言でいいますと『修行によって煩悩をなくし、助かろうとする教え』です。
では実際にそんなことは可能なのでしょうか?
まずここから始めたいと思います。
聖道仏教で傑僧といわれる人たちの逸話を見てみましょう。
今日は●華厳宗の明恵(みょうえ)●です。
栂尾の明恵は生来、雑炊が大好物であった。ある日、弟子の一人が、特に念を入れておいしい雑炊をこしらえ、師の居間へ持参した。明恵は机に向かって書見していたが、弟子のその姿を見て、「おお、今日は雑炊のごちそうか」と、子供のような笑顔で早速、膳に向かって箸を取り上げた。弟子は、心を込めて作った雑炊を、どのように喜んで召し上がるかと、ジッと師の口元を見つめていた。
ところが、雑炊を一口すすった瞬間、明恵の眉がぴくっと動き、口に入れた食物が何かノドにつかえてのみ下しかねている。自分の粗相かと、弟子は思わず声をかけようとしたが、その後の明恵の、あまりにも唐突な動作に驚いた。
さっと立ち上がると、傍らの障子の桟を指で軽くこすってほこりを集め、パラパラと雑炊にふりかけたではないか。折悪く、二、三日師匠の部屋の掃除を怠けていたせいか、桟には薄くほこりがたまっていた。そのようなことを二、三度くり返した明恵は、黙々と箸を動かし、何の感動も示さずに食事を済ませた。
「妙なことをなされた。これは、もう少し掃除を丁寧にせよとの注意に違いない」
と思った弟子は恐縮の体でかしこまっている。やがて明恵は、静かに語った。
「ワシは今妙なことをしたであろう。不思議に思ったであろう」
「申し訳ありません、以後しっかり掃除を致します」
と平伏する弟子に、
「イヤイヤおまえらの掃除のことを言っているのではない。実は、ワシはおまえが心を込めて作ってくれた雑炊を一口、口にして思わず、そのおいしいのに感嘆した。その瞬間、体の一部にうまい食物に対する執着が、蛇の鎌首を持ち上げるようにムラムラと起こってきたのだ。おいしい雑炊を作ってくれた、おまえたちの親切心だけを味わえばよいのに、ついに味覚のとりこになろうとした。実にあさましい限りだ。だから慌ててほこりを入れて、せっかくだが、うまい味を消して頂いたのだ。これでワシは、やっと口元の誘惑から免れることができた」
としみじみ述懐したという。
◇ ◇ ◇
栂尾の明恵といえば、華厳宗屈指の高僧とされています。その明恵にして、しかり。
実は煩悩はなくせるものではないのですね。
最後に浄土真宗の親鸞聖人の『和讃』を紹介いたしましょう。
自力聖道の菩提心
こころもことばもおよばれず
常没流転の凡愚は
いかでか発起せしむべき